「今日、会社やめるって言ってきた」夫の突然の告白。市原家の九州移住日記vol.1

私たち市原家は、2017年5月に東京から、大分県竹田市に移住してきました。

「なんで縁もゆかりもない竹田に移住?」と数えきれないくらい聞かれました。

毎回、ちがう答えを言ってきた気がします。

答えがちがうからって、適当に言ったわけじゃなく、ぜんぶほんとなんですよ。

いろいろあって移住を決めて、たくさんのできごとや、出会いに導かれるように竹田にきたんです。

話せば長くなる。でも「どうして竹田に?」の質問に対して、いま目の前にいるこのひとに答えるならばここを切り取ろうか、と部分を話していくから、毎回ちがう語りになったんだと思います。

それに。私自身、熟考して、移住を決め、竹田を選んだというより、もう自然な流れだったというのも本音です。

えいやー!っと、大きな決断をしたというよりも、二股に分かれた道の前で、今日はこっちを歩きたいなーと踏み出すような、気軽な選択の連続。

その「自然な流れ」を一度書きおこしてみようと思います。私たち一家が、東京から、縁もゆかりもない大分県竹田市に移住してくるまでの話。当たり前の日常が、ごくごく自然に変化していく様を。

日本で2番目に空気がきたない場所にいた

移住を決める前。私たちは、東京の大田区に住んでいました。馬込という駅から徒歩10分くらいの場所です。

ちょうど、私たちが住んでいるポイントは、「日本で2番目に空気がきたない場所」でした。

環七と国道一号線が交差し、新幹線とJRの在来線がさらに交差する、強烈な地点に家がありました。

まぁー空気は悪いし、音はうるさいですよね。

でも、それに対して特段不満はありませんでした。窓は二重で締めれるようになっていて、しめきればうるさいというほどでもないし、空気も清浄機とエアコンでなんとかなるし。

窓の外の騒音よりも、となりに寝る夫のいびきの方がうるさかったってのもあるかもしれません。

なにより東京での暮らしは、そういうもんだと。

でも、ある時から、ずっと自分たち家族は、この生活を続けてて、おもしろいかな?と思いはじめました。

東京でいいのかな?そもそも、都会がいいのかな。

ぜんぜんちがう暮らしをしてもおもしろいんじゃないか。

でも、今だとは思っておらず。「いつか、移住したい。そのいつかは、わからない」というよくある(?)願望だったんです。

「今日、会社やめてきた」移住が願望から、現実に変わるきっかけ

その移住が、突然現実に近づくきっかけがありました。

ある夜、仕事を終えていつものスーツ姿で家に帰ってきた夫のまさしさん。

「今日、会社やめるって、いってきた。」

と言うのです。

事前に相談はありませんでした。

一年くらい前から、私は「やめちゃえばー!?」と言ってたのですが「いや、ないな」と反応してたんです。

前に比べて仕事への熱中度はさがってるなぁとは思ってたのですが、まさか急に、相談なくやめるとは思いませんでした。

まさし曰く、前日にはやめることを決めて、決めるとどうにもソワソワして眠れなくなり、夜中に家をでて、うろうろと町を歩きまわったのだとか。

結局、伝えてから半年は、引き継ぎやその他業務をやりとげるために会社に残ることになりました。

でも、ほんとのほんとに、半年後の2016年の12月には会社をやめました。

それは、私たち家族にとって本当に大きな変化でした。もしかしたら、移住をしたよりも大きな変化かもしれません。

というのも、まさしさんは、まさに仕事人間。起きてる間中、仕事のことを考えてるようなひとだったのです。朝8時には家をでて、帰りは日にちをまたぐことはしょっちゅう。休日出勤も当たり前。

私もその数年前までは、同じ会社で働き、同じような日常を送っていたのですが。。

先に私が辞め、その一年後にはまさしさんも辞め。

これまで日々のほとんどを占めていたものがなくなったのです。

私たちは、自由になった。

どうして、会社をやめることにしたのか。あんなにも大好きだった仕事との関係はどう変わったのかを次は書いてみようかなーと思います。

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