「会社にもどりたくない」理解されず必死で働くワーママVS充実した今。市原家の九州移住日記vol.5

「もう少しで、いったん、育休が終わる。でも、保育園は決まってないし、決まる見込みもない」

この悩みを味わった方、いわゆる「ワーキングマザー」には多いのではないでしょうか。

私の勤めていた会社の基本の育休期間は、一年でした。

ただ、保育園がみつからなかった場合は、最長一年半まで延長可能。

当時私が住んでいたのは、東京都品川区。保育園激戦区のひとつでつ。娘のゆきは10月生まれなので、一歳になるタイミングの10月は年度の途中となり、入園するのはまず無理でした。

だから、チャンスは園児のいれかわりがある4月。それは、ちょうど育休の最長期間である生後一年半。

もしも、ここで保育園に入園できなければ、仕事を辞めるか、こどもを認可外にでもなんでも預けて働くしかない。なんとか、なんとか、入れますように。

そんな風に、産後すぐの私は思っていたのでした。

だって、当時の自分にとっての自己肯定感の源は会社で認められる事でした。その会社を失うことは、考えられなかったのです。

さて。2015年、10月。育休にはいって一年が過ぎたころ。

「会社にもどりたくないなぁ」という想いがむくむくわいてきていました。

以前の私なら「育休手当ももらってるのに、もどりたくないなんて!!そんなのありえない!もどりたいとかもどりなくないとかいう問題じゃないでしょ。もどる前提でお金もらってんだから、一旦もどるべきでしょ」と思ってました。はい。

でも。

もどりたくなくなっちゃったんですよぉぉぉ。

この連載は2017年5月に東京から九州|大分県竹田市に移住した市原家の移住日記です。

以前から田舎ぐらしに憧れてたわけでもなく、東京でずっと会社勤めしながら生きていくものだと思っていた私たち。どんな変化があって、この竹田にたどり着いたのか。妻の史帆が書いていきます。

▼初回はこちら

「今日、会社やめるって言ってきた」夫の突然の告白。市原家の九州移住日記vol.1

社長からの提案。「週1~2回っていうペースでいいから、復帰しないか」

最初に、会社にもどりたくないかも、と思ったのはいつだったでしょう。

覚えているのは、社長と話したあとのことです。

「フルタイムじゃなくても、週1~2回っていうペースでいいから、復帰しないか」という話をもらったのです。

育休中、家族が会社見学にいくという行事があった日だように思います。まだ0歳だったゆきを抱っこして、以前よく怒られた社長室の会議いすに座りました。

もちろん、預けられる場所が見つかり次第でという前提で。あるサービスの改善のアイデア出しや、意見出しなんかをしてくれたら、と。

社長から直々に声がけもらえたこと、必要としてくれている、役立つと思われているということは、うれしかったはず。

「給与は、ちゃんと働いた時給換算で払うから」

という話でした。

「何か、質問は?」

と、最後に言われ、「…だいじょうぶです」と私は答えました。

あの時、だいじょうぶです、と言わず、頭に浮かんだハテナをしっかり言語化できていたら、働き続けることができたのかもしれません。

「これじゃない感が強い‥」もやもや

私は、勝手に、もやもやしていました。

理由は大きく2つ。

  1. 実現度が低い→「こそだてをする現状を理解してくれていない」
  2. やりがいが感じられない→「時間を軸にした古い評価制度」

会社からもらった提案は、かなり実現度が低いものに、私には感じられました。

週に1日から2日間だけこどもを預けることができる施設があるのかという点。まず、東京にはありません

保育園の場合、フルタイムで働く前提で保育園に申請して、はじめて「点数」がかせげて、入園可能性がでてきます。

ベビーシッターにでも預けるということ?その場合は、かなりコストがかかるけれど、その分のコストはどうなるか。

しかも、「ちゃんと、時給換算して給与」を払うと言われたけれど、それって安いよなぁ。結果に関係なく、時給でしか評価されないということか。それは、やりがいを持てるのだろうかという疑問。

結果を出そうと思ったら、出社している時間だけでなく、仕事に関することをすることになる。

だって、週に1度から2度出社して、サイトを見てあれこれ言うだけで、結果なんて生めるはずがない。

私はいつもイベントの企画やアイデア出しで評価されてきたけれど、そのためには、休みの日にはヒントにつながりそうなイベントをハシゴして、他社サイトを研究し続けたからで。その下準備があってこそのアウトプットでした。

「こそだて中の女性は、やりがいない仕事をするしかないんでしょ?」

もし、この仕事を引き受けたら、私は授乳しながら、他社サービスのサイトを見て、夜中にメールチェックして、オムツを変えながらどんな改善案があるか考えるんだろう

それでも、給与に反映されるのは、これまで通り会社にいった時間だけ

絶対に大変だとわかって、家事と子育てをしながら会社にもどるのであれば、それだけやりがいのある仕事がしたい。限られた時間にはなるだろうけれど、その分工夫して結果を出す。

そんな風にイメージをしていたけれど、ちゃんと仕事しても、パートやアルバイトのようにしか評価されないってことなのか。なら、割り切って、時間で区切れる、成果を求めないライトな仕事の仕方をするしかないだろう。

続けられさえすればいいわけじゃない。自己実現の場として、時間ではなく成果で評価する環境じゃないと、大変だとわかりながらももどるだけの価値はない。

期待するだけで、言葉にしない。伝えることから逃げた自分。

そんなもやもやを覚えたのにもかかわらず、言葉にできない自分がいました。言葉にしていたら、会社としての返答や対応があったのでしょう。

でも、当時のわたしは、まだ、価値観を自分の内に持っていなかった。会社から、めんどくさいやつだ、と思われることが嫌で、勇気がでなかったのだと思います

それなのに、勝手にもやもやして、会社からの提案を「これじゃない感が強い」などとコメントしていました。

いやいや。それなら言葉にすればよかったのに!!

わかってもらえることを勝手に期待して、その期待が叶えられないと、不満を伝えもせずに、相手をディスっていた。

「関心」を持っていた相手に、意見を伝えない。未熟だった自分

確かに、会社は、こそだての状況を理解していなかったかもしれない。でも、こそだてしながら働くことを可能にしようと取り組もうとしていました。

会社側は理解の手前に必要な「関心」を持っていたのです。「関心」さえない相手に対して声をあげることはハードルが高いけれど。「関心」を持っていた会社に対して、こちらの状況や要求を言葉にせずに、「理解」してくれていないと不満に思っていた自分

私が声に出すことで、私の後に続く女性の労働環境は少しは変わっていったかもしれない。

日本の女性たちは、声をあげず会社から消えていき、制度が改善されなかったという本を読んだことがありました。今思うと、私もその定番だったのです。

(会社への未練はないけれど、やめ方として、未熟だったなぁと思います。今後の自分の課題として、掘り下げて書いてみました。)

気づくと、会社の人間でない自分がそだっていた

会社の仕事に魅力を感じなくなった、というのに逆行して、こそだてビレッジに通う日々は、どんどん充実していっていました

子連れでいけるシェアオフィス「こそだてビレッジ」での日々についてはこちら

育児の情報サイトをつくりながら、子育てについて、親としての日々について、人間として、こうありたい、ああしたいという話を、すきあらばまわりのひとたちとしていました。

市原史帆のおしゃべり元年

前回、自分を取り戻すような感覚だったと書きましたが、本当にその通りで。

それまでも、わたしは、自分のことを「おしゃべりなほう」だと思っていました。

でも、このころの、あーだこーだのおしゃべりが、わたしのおしゃべり元年だった気がするんです。

言葉につまることも多かった気がします。まだ、自分の中で言語化していない考えを、一生懸命言葉に変えて、声にして。そんな作業をしました。

私は、当時のことを、よくこう振り返ります。

「自分の言葉が増えた」と。

会社の価値観で、会社の人間として、生産するおとなとして、ひとつの考え方を述べる。そういうのではなくて。

自分の価値観で、自分としての、自分の想いを言葉にする。

自分をつくらなくていい環境

どうしてだったのでしょう?

うーん。今、考えて出てきた答えは、簡単に、あそこでは自分に嘘をつかずに話すことができたから、というもの。

それぞれの女性たちも、もしかしたら、生活の中では別の仮面で過ごす時間もあったのかもしれません。でも、あの場所では、ひととして、母として、女性として、本音に近い言葉を投げ合っていました。

それは、勝手に生まれた空気というより、こそだてビレッジのコンセプト、スタッフの皆さんの言動からつくられていたと思います。

よく覚えているのは、絶対に「●●ちゃんママ」みたいなひとの呼び方はしなかったということ。私たちは、誰かの母親である以前に、人間で、名前を持ってる。役割で呼び合うのはやめよう。こどものお世話の話などこどもの話だけじゃなく、自分が今なにを感じて、なにを思うのか、自分のことを話そうよ。そんなことが語られていました。

私は、そんな言葉を聞いて、うんうんとうなずきながら、自分の感じていることって?自分のことって?と、ハテナが浮かんでいました。

それまで、私は、仮面にしゃべらせる言葉や、仮面がとるべき最適な行動を、考えてきていたのです。会社でつとめる自分という仮面を取ったとき、その下の自分は、なにを感じているのか、どう考えるのか。

そう向き合った時に、心もとない気分とともに、なんとも言えない興奮がうまれました。

私は、私として考えていいんだ。しゃべっていいんだ。

ほんとにやめるの?霧のような躊躇

会社で働く魅力は減った。

会社以外での時間が充実してきた。

でも、すぐに会社をやめる決断をしたわけではありません。躊躇の心と向き合っていくことになりました。

どうすごすか?

お金はどうする?

育休手当ももらってたのに、会社になんていう?

次回は、躊躇とどう向き合ったかを書こうと思います。

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