シェアハウスでの暮らしは不自由なのか?孤独と自由の話。

シェアハウスで暮らし始めて、一年半。私自身は、前よりも「自由になった」と感じています。

普通、シェアハウスというと「不自由」という印象があると思います。でも、実際はそうでもなかった。

それは私にとっても、不思議なことでした。

でも何人かの人と話したり、考えたりして、そもそも

<「1人で過ごすこと」と「自由」が密接につながってる、「孤独」と「自由」をほぼほぼイコールで捉えていた自分の考え>

がまちがっていたことに気づきました。

「自由」のためには「孤独」が必要と思っていませんか?

私は思っていました。

「自由気ままなひとり旅」

「自由な一人身」

なんて言葉もあり定着しているので、世間一般でもそう考える方は多いのではないでしょうか。

確かに、1人で過ごしていれば、あれこれ言われることも、思われることもなく、他人の目を意識せずいることができます。思う存分、自分がしたいことができるわけです。

対して、人といる時には?自由じゃいられないのか

1人ならば、自由。

じゃあ、人といる時は?

かつて私は「人といるとどうしても気を使うし、自由じゃいられないでしょう」と考える方でした。

でも、それって、自分の在り方次第なんですよね。

単純に言うと「人といたって、自分で考えて、自分のやりたいように過ごしていたら、それはそれで自由」ってこと。

ちょっと考えるとそれは当たり前のことでもあります。

同調圧力が強い環境に慣れすぎて、空気を読みすぎていた

どうして、自分がどうしたいのか、よりも他人の目を意識して行動してしまうのか。私自身の場合で理由を考えると…

厳しい管理教育を受けて育ち、自分がどう考えるかというより教師の考える正解を行動することを無意識に選択する思春期を過ごしたこと。

15歳で母が死んで、2年後には父も家を出て1人暮らしになり、どうやったら「1人じゃなく、誰かと過ごせるか」を目的に、人に嫌われない行動をとっていた。

などが考えられるんですが、でも、この「同調圧力」を強く意識して、空気を読むことに熱中するという傾向は、私だけじゃなく多くの方に見られるように思います。

でも、それって、誰のため?

空気を読んでたら、嫌われることは減るかもしれないけれど、自分自身はそれでしあわせなのか、楽しいのかってことですよね。

空気を読まず、髪にスライムをつけた2歳児。この後、取るのが大変で嫌だったよう。それ以降、頭にスライムをつけなくなりました。でも、彼女に髪にスライムをつける自由はある。

シェアハウスで暮らしても自由でいるためには

でもいつだって、誰と一緒にいたって「自由」でいることはとても難しいことです。

でも、思うに「自由」でいるための方法は、とてもシンプル。

「選択権は自分にある」ことを認識することだと思います。

誰と過ごすか、どう過ごすかは、自分で選べる。

シェアハウスでの暮らしも同じで。

1人になりたければ自分の部屋に行けばいいし、誰かと過ごしたければリビングに来ればいい。

そうそう「1人の時間がなくないですか?」と言われるけれど、単身者であれば部屋に入れば済む話。私たちみたいな家族の場合、そもそも1人の時間なんてなかったし、シェアハウスに来て子どもが他の人とも遊ぶようになったから、むしろ自由に過ごせる時間は増えたくらい。

みんながパンを食べてても、ご飯とみそ汁が良ければそれを食べればいいし、飲み会開いてても眠ければ寝ればいい。

誰かがおしゃべりで盛り上がる横で、スマホでゲームしたり映画を見てる人だってふつうにいる。

みんなで海に遊びに行こうよ〜と誘われても「ベタベタするから嫌」と言っていい。

自分が好きにしていたら、相手に強制することも減り、認め合うことにつながる。単純すぎる考えかもしれなけれど、きっとそうなんじゃないかと思います。

シェアハウスだと、「本人の選択」のみによって共にいるし、立場の上下もないし、恋人みたいに多くを望み合わないから、家族といるよりもお互いが自由にいられるような気がします。

みんなで海に!みんな泳いだけど「俺はいい」とまさしさんは泳がず。

ただ暗黙の了解として、自分のことは自分でやる

でも、私たちのシェアハウス「暮らす実験室 IKI」は、今のところ集まる人が、GIVEの精神にあふれている人ばかりというか。自立している人が多いです。

使ったものを片付けるとか、何かしてもらったら感謝してお礼を言うとか、みんなふつうにしてる。

だってここは大分県竹田市。田舎だから、探せば安い家賃の場所はいくらでもある。安いからシェアハウスなんじゃなく、共同生活にメリットを感じて入居してくれています。

共同生活のメリットっていうのは、人と過ごすこと自体だったり、与え合うことのよろこびだったりします。となると、多かれ少ななかれ、自分がしたいこととして、コミュニティへの貢献が含まれてるってことが多いんだろうな。シンプルに言うと「身近な人によろこんで欲しい」っていうことですね。

今後、ぶっ飛んだ人が入ってきたら…?その時はその時で、どちらが正解で、どちらが正義ということもなく、対等に、話し合っていきたいですね。

このお掃除スティックも子どもたちにとっては、取り合いになる遊び道具。私の持つ「お掃除ってやらされる嫌なもの」という印象はいつからついたのか?

シェアハウス生活で感じた「自由」と「孤独」の関係について書いてみました。

最後に個人的なことを言うと。私は16歳くらいから、1人暮らしになったこともあり、一緒に過ごす誰かを常に探して生きてきていました。

シェアハウスという場所は、愛しあわなくても、家族にならなくても、特別相手に貢献しなくても、共に過ごす人がいるというのが驚異的なメリットだと思っています。

今後も、この暮らしを楽しみ、様子を見守っていきます。

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