夫婦ともに会社を辞めたら、東京にいる理由がなくなった|市原家の九州移住日記vol.9

やっとこさ、移住を決断するところまで、たどりつきましたよ〜!

夫のまさしさんの実家に同居して、1年と少し経ったある日の夜…

「今日、会社辞めるって言ってきた」

とのまさしさんの爆弾発言!!→詳しくはvol.1を

仕事人間だったまさしさんは、本当に、その半年後には会社を去りました。

働いていた会社のことは大好きで、本当に愛社精神の塊のようなタイプだったので、驚く人も多かったと思います。

このことを機に、私たちは「じゃあ〜、移住するかぁ」とごくごく自然に移住を決めました。

えいや〜〜!!とか、勇気を出して!!とか、勢いで!!とかいうより、本当に「じゃあ…」という感じ。擬音語で言うならば、にゅるにゅるにゅる〜とすべるように移住に流れた感じですね(笑)

でも、移住する人って、そういう人多いんじゃないかなぁと思う!のですが、どうでしょう?

会社を辞めてフリーランスに…東京にいるメリットは?

私は、婚活の仕事を辞めて、一足先に婚活関係の記事を書いたり、サイトを作ったりと、フリーランスでの仕事をはじめていました。

▼その頃作ったサイトはリニューアルをして今はこんな感じになってます。

婚活ライフデザイン

そして、まさしさんも、ひとまずは一緒にそんな仕事をしようか、ということになっていました。

つまり、夫婦二人ともフリーランスなわけです

そして、当時は2歳の子どもがいるわけです。

そう聞いて、ピンとくる人も多いのでは?

そう、保育園問題です。

月々10万円近くを、子どもを預ける環境づくりに使っていた

まさしさんが会社を辞めた時点で、まだ、娘のゆきは保育園に入っていませんでした。

前の記事でも書いた、子連れで行けるシェアオフィス「こそだてビレッジ」なるものに通っていて、そこはものすご〜くよくて大満足だったわけですが。

・遠い(ドアツードア1時間)

・結構な料金になる

→母子だけで行く分にはいいけれど、まさしさんも一緒に行く(ともに働くので一緒の方が都合よし)となると、大人1人分のシェアオフィス利用料と定期代などを合わせると月に10万円近くなる。

まぁまぁ高いよな、と。

かといって、保育園にあずけられるかと言ったら、夫婦ともにフリーランスで、大田区在住となるとかなり激戦だし、保育園も好きなところを選べるわけじゃない

積極的に「保活がんばるぞ〜!」とも思えなかったわけです。

(就活、婚活、妊活、保活と、私たちの人生では次々に何かを手に入れるための「活動」が現れるんだな〜)

「この働き方だったら、東京じゃなくてもよくない?」

そこであがったアイデアが、移住です。

会社も辞めたし、特に東京に住む人とみっちり組んで仕事するわけでもないし、仕事的には東京を離れてもなんの問題もない。

じゃあ、他の場所に住んじゃえば、もろもろ、いいんじゃないの?

となったのです。

「移住、アリじゃない?」となった3つの経験

移住を意識したのは、この時がはじめてではありませんでした。

なんとなく、「いつか移住できたらいいなぁ」とは思っていたんです。特に、私は。でも、それはいつか、遠い話で、リアルではなかったのですが。

(まさしさんは、初めは、東京以外の生活はありえない!という派閥におりました。なんせ、渋谷区恵比寿生まれのスーパーシティボーイ、できるもんなら渋谷の駅前に住みたい、だってベンリじゃん、徒歩1分のところにセブンがあればもんくなし、という種族でございました)

下町代表みたいな顔してますが、スーパーシティボーイなんで、よろしく

私が移住を意識するようになったのは、多分、過去のいくつかの経験が影響しています。

(1)お父さんも移住している、もう20年くらい前に

実は、私の父は移住をしています。もう20年以上前なので、移住という言葉ができるより前のことですね。

お父さんの畑の春の景色

私が高校2年生の時で、当時、私たち家族は神戸に住んでいました。

お父さんは、会社を辞めて、北海道に行き、農業をすることにしたのです。

母はその1年前に癌で死んでいたし、兄は東京の大学に進学することになっていましたが、私は神戸に残ることにしたので、私はそのタイミングで3LDKの家で1人暮らしをすることになりました

当時は、まあいろんなことを思ったけれど、母が死に、完全に落ち込んでいて、合わないサラリーマンを苦しそうしていた父が、ずっと夢だった農家を目指して歩み始めてから、生き生きとし始めたのを見ることができ、よかったと今は思います。

生き方、生きる場所は、自分で選ぶことで、自分の人生を描くことができるんだと教えられました。

いつもの散歩道、まあ〜雄大です。

(2)兄も広島の山奥に移住…ご近所さんの暮らしが魅力的

父だけでなく、実は、我が家は兄も広島の山奥…神石高原町というところに移住し、無農薬で農業をしています。

以前は東京で働いていましたが、土と共に生きる人生を選び、農業の研修中に出会った香港の女性と結婚し、2人の子どもにも恵まれ家族で住んでいます。

娘のゆきが1歳のころ、そんな兄の家に滞在しました

兄の家は、古い一軒家で、庭にゴザを引いて、ゆきとごろごろ寝転がって遊びました。近くの川に行き、足をつけて涼んだり。

ゆきは山ほどの花や草を摘み、石ころを集めていました。

道路挟んだ向かい側には、日本昔話に出てきそうな、かわいいおばあちゃんが住んでいて、せっせせっせと働いてあらゆる野菜、あらゆる保存食を作っていました。

周りには移住してきた人たちも何人かいて、私たちの訪問中に食事会を開いてくれました。

無農薬で野菜を栽培して、それを欲しいと言ってくれた人に送り、もらった人も何かを送り返すという「わらしべ」と呼ぶ形で、暮らしを回している男性のうちにお邪魔しました。

(もちろん他にも仕事をして生計を立てています)

なんでも手作りする器用な方で、リビングには手作りの囲炉裏がありました。

庭で晩ごはんを食べました。手作りのロケットストーブを使って、パリッパリの焼きそばを作ってくれて、彼の半生を聞きました。会社を経営してバリバリ稼いでいた過去。その後の変化。豊かさとは何かを考え、目の前のものにそれを見出す今の生活。

一度手に入れ、一度手放し、フラットな状態になって、改めて彼が選んだ人生の中にひょいと訪れるような時間。

その夜の空の青さと、満月の色の濃さを、今でも覚えています。

(3)80万円で家を購入、幼稚園費も無料

兄のご近所さんの家族の暮らしも魅力的でした。

家族で暮らしているんですが、生活コストの低さ、育児環境のちがいを目の当たりにして、衝撃を受けたんです。

立派なわらぶきの古民家、畑と山と庭つきをまるっと80万円で購入して、ガスをひかずにまきで煮炊きして生活している、イギリス人の旦那さんと日本人奥さんの家族。子どももいました。

ツリーハウスのある幼稚園に通い始めたらしかったのですが、確かバス送迎あり。月収に応じて月の費用が決まるのだけれど、農業に従事していて現金収入は少ないので、幼稚園費はほぼ無料!確か、2歳から入園できるというんですわ。

まず、入園することが難しい、できたとしてもまあまあ料金がかかる保育園・幼稚園事情とは大きくちがいました。

まあ、第一に、その80万円で家購入ってのにびっくり

床の張り替えをしたり、太陽光発電を導入したりと、改修はしたけれど、市の補助もかなりもらえたとのこと。

私たちが月々子どもを預けるのに10万円、まさしさんの実家を出たら家賃としてきっと10万円前後を払うことになると考えると…。

私たちが「最低限稼がなければ」と思っている金額って実は、東京という環境の中で自分たちがやりたいことを実現しようとするからかかるわけで。

環境さえ変えてしまえば、必要なお金は大きく変わり、そうすれば働き方だって変えられることに気付かされたのです

田舎暮らし、おもしろそうじゃない?

スーパーシティボーイだったまさしさんが、ちょっと移住に興味を持ったのは、明らかに父と兄のところを訪れたのがきっかけでした。

「なんか、かっこいいかも。いろいろおもしろそう」

と思ったのだそうです。

そして、会社で働いていた時も「未来の移住先探し」と称して、休みが取れる時に、二泊三日の旅に行っていました。

年に3〜4回くらいでしょうか。

まあ、「未来の移住先探し」と言っても、その未来は、「いつか」であり、リアルなものではありませんでした。

が、あちこち回る度に、まさしさんは少しずつ、少しずつ、東京にあるものが「ない場所」が田舎なのではなく、ちがうものがある場所が田舎なのだと、考え方を変えていったのです。

「田舎暮らしおもしろそう、しかも、リスクもないよね、今なら」

これまで書いたことを、私が、どこまで意識していたかは、今となっては定かじゃありません(笑)

ただ、その頃「え、移住、いつやるの?」「今でしょ!」と思ったことは確実に覚えています。

「ねぇねぇ、どうせ二人とも会社辞めるしさ、移住しちゃわない!?」

と私が言ったら

「え…いいね!」

とごくごく自然に、まさしさんは答えたのです。

そして、まさしさんの会社への最終出勤が終わったのち、私たちの本気の移住先探しがはじまったのでした。

その後のことを話すと、その4ヶ月後には私たちは移住する物件を決めて、5ヶ月後には、ここ大分県竹田市に移住をしています

「早くない?」と言われることもありますが、実は、この時私は妊娠をしていて、これでも、妊娠によって動きが遅れたように思ってるんですが…(笑)

次回は、妊娠しながらの移住先探しをどうやって行なったかを書いてみようと思います。

お楽しみに〜!